2016年08月26日

タメ口と丁寧語のはざま

子ども達に教える日本語と大人に教える日本語ではいろいろと違う点があります。
その最たるものが”タメ口”と”丁寧語(です、ますを使う)”、こどもどうしの会話で丁寧語を使うと不自然です。

これが大人になると、場面や付き合いの長さや親密度や年齢によって使い分けることになります。

日本人の場合無意識に使い分けますが、外国人が日本語を使う場合は案外大変なようです。
どういう場で日本語を使うかにもよるのでしょうけれど、日本人同士では想像つかないような不便さや違和感もあるようです。自分が外国人だと想像すると動詞の活用が大変

そう。

インドネシア人の女性で日本人男性と結婚している奥さんの中には、おそらく耳からの日本語で言葉を習得したにちがいないと思う人がけっこういます。赤ちゃんが言葉を覚

えるのと似ているのでしょうか。そういう人は、ほぼ初対面の人でも普通にタメ口で話しかけてきます。
他人と日本語であまり話したことのない奥さんにとっては当然のことでしょう。
それが、例えば子どもが学校に通いだし、他の母親達と会話をしだすとだんだんと違いが分かってきて、”タメ口”をちょっと品のない言葉のように思いこんで、日本人の母

親との会話に臆病になったり、付き合いを避けたりする人もでてきます。

日本人は総じて外国人の日本語には寛容なので(多分)、そこまで臆病にならなくてもよさそうなのにと思う反面、タメ口を使わない、例えばPTAの話し合いの時や、全く初対

面のしかも年下の人からいきなり話かけられると、ちょっとびっくりするかもしれません。

こういう事情もあって、大人に教える場合は丁寧語を教えています。安全策です。

ひるがえって、日本人の場合はどうなんでしょう。この使い分けにも個性が出てくるような気もします。
その基準は何に左右されるのでしょうか。。。

自分はどうだろう、家族や旧友、親しい友人は別として、未だに誰に対してもタメ口と丁寧語のはざまを行ったり来たりしているような。。。
ただはっきりしているのは、年上の人に対してはなかなかタメ口は使えません。どうしてなんでしょうね。

こんなことを考えていた時、テレビにロボットが登場して、フランス人の研究者が実験的にロボットと同居する様子を映していました。
別れる時には不思議な感情が湧いてきて、我が子ともちがう勿論恋人のようなものとも違う、それでも別れがつらいといいましょうか、そんな感じでした。

日本で開発されているロボットの場合、タメ口と丁寧語、どちらが多いのでしょう。
使う場面での区別は勿論ですが、身体の大きさででも区別するのでしょうか。

そういえば、ネットの世界では相手の本当の年齢が謎の場合も多いです。
そうなるとなかなかタメ口は使い辛くなります。安全策で、どうしても丁寧語になってしまいます。
”はざま”もなく、いきなりジャンプするかのようにしてタメ口を使っている人をみると不思議でなりませんし、羨ましい気もします。

たかがタメ口と丁寧語の違いひとつをとっても、
人と人との関係って、家族って、友情って、恋愛って、信頼関係って、尊敬って、文化の違いって、言葉の違いって、考えだしたらきりがありません。

AIの登場って、超最新の自分探しの旅かもしれませんね。^^
  


Posted by remem at 11:03Comments(0)

2016年06月27日

録画、溜まる。。。。





 見る時間が無いなら、録らなきゃいいだけなのだけど。

 毎週放送しているレギュラー番組は、ほとんど録画していない。深夜番組で気になっている番組は2本あるけど。

 録画するのは、単発の番組が多い。そういう特番は、春と秋、年末年始に集中する。今年の分、年末年始特番はようやく見終わって、春の特番を見始めているPretty Renew 美容

 休日でも、テレビを見る時間は少なくて、ニュースと天気予報以外は、1時間とか、2時間くらい。最近の特番は3時間とか長時間のものが多くて、1日で見られないことがある。

 幸い、中身は一気に見なきゃいけない場合はほとんど無いから、途中で止めて、続きは別の日に見ている。

 繰り返し診るつもりの番組は、DVDに記録してある。ただ、記録したことで安心して、そちらを見るのは後回しにしがちだ。レコーダーのディスクに残っている物を先に消化してい

る。

 ドラマは、ほぼ見ない。映画も、めったに撮らない。地元のイベントの中継とか、演芸番組とか、そういうジャンルがメインになっている冷凍溶脂

 限られたジャンルに厳選しているつもりだけど、それでも再生が追いつかない。週に数時間しか消化しないから、当然だけど。

 ここのところ、睡眠不足で、寝る時間を確保するため、テレビを見る時間がさらに少なくなっている。春頃の録画分が、まだ見終わらない。

 録画番組、もっと絞ろうかPretty Renew 美容。。。。  


Posted by remem at 16:01Comments(0)

2016年06月14日

むんずと腕をつかまれたモノ

とある方のブログを読んだ。
今回は、散文的。

ウツになりそうだったが、ピアノにむんずと腕をつかまれ、弾けといわれたそうだ。
で、ウツから逃れられるわけであるが、
趣味って、人生をバラ色にしたり、彩りを添えるだけでなく、
自分を生きさせてくれたりする瑪沙 閃肌水光槍

わたしも社交ダンスは趣味であるが、足を故障したり、健康を害したりすると断念せざるをえない。
とすると、自分の生きる活力まで奪われるか?
というと、ちょっとショックだとは思うが、おそらく気を取り戻すだろう。
なぜなら、趣味はひとつではないから。
リスクヘッジをとっている。
バランス。
どっぷり浸かりながら、どこかに、引き戻れる退路を確保している。

カラダ(動)と、こころ(静)のバランスで、休んだり、動いたりする。


蝶ブログは、ブログ村の「エッセー」カテゴリーに登録しているものの、
わたしは、残念ながら読書嫌い瑪沙 去斑聚光槍
創作作品よりも、ニュース記事や、世相を斬る記事のほうが好きだ。
最近は、写真や絵と文章が、半々、もしくは、絵のほうが多いという本を好む。
読書より、映像?音響の、映画に、イージーに移行している。
(といっても、もともと読書はしないから、移行ではないが)

もっとカラダが動かなくなったら、鑑賞方面に軸足を移すことだろう。

で、昨日。
帰りにスーパーに寄ったら、3本98円の西洋ニンジンが呼びかけた。
「わたしを、買って」
と。

家にはニンジンが1.5本あるのだが、
なぜか、その強い呼びかけに、ふらふらとニンジンに手を差し伸べた。
時間も無いので、家で、手作り柚子味噌(いただきもの)をつけて、ステック※にして食べた。
(※切るだけ、とも言う)
わたしに強く訴えかけたニンジンは、ウツを救うかわりに、栄養偏りを救ってくれた瑪沙 射頻瘦面槍
ついでに、安かったので、家計も少し助けてくれた。

わたしは、芸術家になれそうもないので、ウツにはなりそうもない。
やはり、女性※は、「生活」である。

(※女性による女性への、女性?偏見バイアス発言か。
訂正するなら、
「やはり、わたしは、『生活』である。」



しかしながら、生活防衛は、自分を救う。  


Posted by remem at 17:23Comments(0)

2016年04月19日

ツンツンと

「ブログをやっていてよかったこと」は、誰かが読んでくれて、その誰かがその人なりの何かを思い出すきっかけになることがあったりすること。…ということを過去に書いたのを思い出した。

「関係ないんですけど、そういえばこんなことがあったんですよね高膽固醇」とか、「わたしはこうだなあ」というような「その人自身のこと」を思いがけなく聞かせてもらうと、なんだろうな、日記が生きたような気がする。好きに書いたことが、誰かの記憶にほんの少しだけ作用することが(まれに)あることがほんとうに面白い。それがまた、思ってもみなかった方向(?)だったりするのも楽しい。

 そもそもわたしの書いたもの自体に「感動しました」とか「共感しました」とか更年期中醫調理「そのことについて私はこのように思います」といった立派な感想はあり得ないのだけどね。
 
 ちょっと座って軽く自分語りをしていってくれたら嬉しいし(聞くのが楽しくて、そのお返事を書くのは難しいのだけど)、それがわたしに届かなくても、とにかく、読んでくれる人がいるという意識があるから文章が成り立つ。(人に見せない日記なら箇条書きだ)
 
 かつて、「誰かの記憶の尻尾をくすぐるような日記が書きたい」というようなことをおっしゃっていた方がいた。停まっている振り子をツンとつついて動かすような感じ? うまいこと言暗瘡護理うなあと思いながらしばらく読んでいたら、ある時その人は、わたしの心をえぐるようなことを書いて嘲笑った。読まれていないと思っていたんだろうけど、いろいろ読んでいたのだよ。(というわたしも今、読まれているとは思ってないのだな…)
  
 そういうこともある世界だし、わたしも未熟だけど、
 マイナスに作用するようなことだけは避けていきたい。  


Posted by remem at 15:12Comments(0)